2002年信州木工会研究会秋の研修旅行
「富山の木工文化を訪ねる」旅のリポート
山戸忠 記
2002年9月23日、天気は良好、午前7時に朝日村小林さん宅に小松さん牧瀬さん山戸の中信木曽組が集合、小松車スバルレガシーに同乗し出発、安房峠を超えるルートを通り、富山県八尾町を目指す。10時過ぎに八尾町にある桂樹舎和紙文庫に到着、遅れて10時半頃、北信、東信組の谷さん酒井さん蛭川さん山本俊さん山本カズさんが到着する。 この桂樹舎和紙文庫は廃校になった山手の分校を井田川添いに移築された建物で、館内には和紙文かかわる収蔵品が展示されている・・ということなのですが、李朝の家具やアフリカンチェアーなど我々が興味を持つようなものがたくさん展示されていた。
館主の吉田桂介氏にご面談をいただく、とても朗らかなご老人で、当地で行われる「坂のまちアート」の催しなどのお話を聞かせていただく。
途中、谷さんが10年前に訪問されたときのお話になり、持参された写真を見せておられたとき、10年間展示が変わっていないようではだめだなあ、などと若々しい言葉も発しておられた。
面談後館内を案内していただく。
和紙文化の展示ということであったが、家具木工品もたくさんあり、我々にはいくら時間があっても足りない感じで、せかされながら館内を見学した。
紙の起源であるパピルスや朝鮮の着衣、紙をコヨリにして作ってある膳、やぐら時計など、収集された桂介氏の興味の広さが伺われる多彩な展示がされている。
本館見学後は別館の民族工芸館を案内していただいた、こちらは住居風のこじんまりした。建物で、書籍でしか目にしたことのない椅子やテーブル、面白いものではモダンなタバコ屋のショーケース、車タンス、舟箪笥など往時をしのぶ道具類の数々が展示されている。
まだまだ見学したい思いを残しながら桂樹舎和紙文庫を後にする。
前の桂樹舎和紙文庫で時間を使いすぎたようで、強烈に催促する腹時計を無理矢理おさえつけて富山市民芸館を見学する。
丘陵地帯にあり、その一帯を民族民芸村と呼ばれている場所にある民芸合掌館と民芸館の2館を見学する。
民芸合掌館には小泉和子氏の和家具という本にも紹介されている根来塗り花紋形の火鉢や往時をしのぶ家具、道具類が展示されている。
三和土土間(たたきどま)に厩(うまや)と農村の暮らしぶりが偲ばれる立派な民家である。ただ、道具類の管理が悪いようで、塗りの表面が白っぽく変色し艶もなくなっている、思い返して桂樹舎和紙文庫の展示品はとても状態が良かったと一行のどなたかが言われていた。
富山市民芸館を後にすると、ようやくと昼飯にもありついて一心地ついたところで高岡短期大学へ向かう。
日曜日だったが谷さんから面会のアポを取って頂いていた小松研治先生にご面談をいただく。
工房経営のできる人材育成を、ということで原価管理から実作まで、通したものづくりの指導をされているというお話を聞く。
学内、外を問わず注文を請負い、それを課題として学生と取り組むという、実地に即した教育をされているとのこと。
北欧視察の際に木工家の暮らしぶりをみて、日本で木工を志す人たちも、あのような良い暮らしが出来るようにならなければならないと思った、と仰っていた、氏の信念を感じた。
富山ということで土産にする薬箱とか、靴の手入れ道具を綺麗に収納する箱、ツメとぎやすりケース、仏壇、などの取組み事例をいくつか紹介していただいた。モデルガンの機構を参考にしたり、キャッチはカチッという音感にこだわるなど、面白いお話もうかがった。
構内には作業場があり、クワバラの幅600ミリの自動一面鉋盤があるなど、設備は充実している、手押鉋盤の安全カバーはドイツ製のものでかなりの優れものとのこと、インターネットで入手可能。
一日目が終わり氷見グランドホテルマイアミに泊まる。
海の幸をいただき皆ご満悦の様子、いつもながらの小松さんの仕切りは完璧、1万500円でこの充実ぶりは奇跡です。
2日目高岡、瑞龍寺見学。
禅宗のお寺ということで深閑とした感じで清々しい。
巨大な台所、竈(かまど)があり巨大な水屋箪笥がある、多雪地域の為か外気から閉じられた回廊がほぼシンメトリーに廻り、奥へ順に総門、山門、仏殿、法堂と並ぶ。回廊には魚の形をしたコンコンと叩いて音を出す魚鼓(ほう)があったり、禅堂などがある。一番奥の法堂を除いて、多くはケヤキが用いられている。屋根は鉛板葺きと緑青銅板葺き。便所を清潔に保つことは健康につながり、安産にご利益があるという説明を小耳にはさむ。
境内には前田利家など前田家ゆかりの石廟がある。
五箇山の合掌造り民家を見学する。
岩瀬家という加賀藩の役職を勤める役宅ということで、役人が使う書院などのエリアがある、一般農家とは違いかなり巨大な建物。主な産業として塩硝(火薬)が製造されていて、その取りまとめ、藩への納入が役職だったとのこと。
1尺以上ある柱や梁などが使われていて圧倒される。
建物上層の三角の部分を合掌部と呼び、その内部は上下に幾層かに分けられていて、往時は養蚕に使われていたとの事。
岩瀬家は周辺に合掌造りが1件しか残っておらず、世界遺産には指定されていない。
車で移動して世界遺産に指定された合掌集落に向かう。岩瀬家よりは小さな普通の農家、という感じの合掌造り建築が幾棟もあり、実際に人も住んでいる様子、ベビーカーが置いてあるなど生活感がある。
今も工事中だったが道路は土色の綺麗な舗装がされ、水路は御影石か何かで綺麗に固められていて、中央には田んぼに稲穂がゆれていて・・、なんだか変。
昔懐かしい農村風景ではなくジオラマのよう、実際に生活者が居るにもかかわらずである、
生活している人たちは気分よく暮らせているのだろうか。
井波町に向かい、途中彫刻家の熊谷竹倫氏と合流する。
氏は井波にて彫刻を生業とされているとのこと。
まずは、瑞泉寺を案内していただく。
今にもこぼれ落ちてきそうな蔓植物の彫刻や迫力のある獅子の彫刻などを案内していただく。
それにしても職人の意気を感じずには居られない迫力のある彫刻が、もう彫るところなんて無いんじゃあないのか、と思うほどふんだんに施してある。
浄土宗の極楽思想と職人の研鑚がもたらした賜物。
野原銘木店を見学する。
ケヤキや、彫刻用のくすのき、その他多量の品揃えがある。
本店とは離れたところにある倉庫へも案内され、サイズ樹種様々な木材を見せていただく。
最後に熊谷氏の工房にお邪魔する、一木から削り出した籠の中の鳥や、欄間彫刻などを、見せていただく。
全行程を通じて興味の尽きない内容で、自身の浅学を思い知るばかりでした。ご案内、ご面談くださった、吉田桂介氏、小松研治氏、熊谷竹倫氏、野原氏に感謝いたします。
企画してくださった谷進一郎氏に感謝いたします。
幹事をしてくださった小松稔氏に感謝いたします。
ありがとうございました。 |