2004年の10月の21・22日に研修旅行が行われました。
折り悪く20日には長野県にも台風が通過し、道路は寸断され、過酷な出発となりました。しかしなんとか総勢3台の車は進み、4時間遅れほどで目的地の静岡県にたどり着きました。
そのせいで21日に予定されていた「芹沢けい介美術館」の「世界の仮面展」の見学や「オフ・コーポレーション」の見学はキャンセルし、海野義廣さんの「海野木工」のみに寄らせて頂くこととなりました。
海野さんは現在静岡市認定の伝統工芸技術秀士で、駿河指物の技を保持・発展させ、お孫さんの大輔さんや研修にきている若者とともに工房をやっておられました。戦前に木工の修行にはいり、戦後は大工なども経験されたそうですが、その後ご自分の工房を持たれたそうです。それまでの木工の工房が床に座ってすべての仕事をするのに対し、海野木工では早くから立って仕事をするスタイルもとり入れ、最近ではビスケットによる仕口も使うなど新しくて良いと思われるものも取り入れていました。
また、伝統的な仕口・組手や作品も見せていただきました。隠し蟻ほぞ組や捻り組・寄せ送り蟻ほぞ組などにご自分の工夫も加えた組手でした。作品は銘々皿や器・盆・文箱から座卓などの大きな物もありました。過去には風呂桶なんて言う変わったものも作ったそうです。
22日には「アフリカン・アート・ミュージアム」においてアフリカの仮面・彫刻・椅子などを見ました。一口にアフリカといってもそれぞれの地域に独特の意匠や造形があり、見なれないユニークなものもあります。そういったものの中には洗練し、リデザインすることによって私達の家具にも新しい意匠として取り入れうるものもあるようです。
次に氷見義治さんの「家具工房 花水木」に行きました。氷見さんの家具について、プロジェクトについて、静岡の家具業界についてお話を聞きました。氷見さんは折りたたみの椅子や、高齢者にも心地よい家具・化学物質過敏症に対応した家具などの一工夫も二工夫もある家具を考えておられました。また静岡の家具業界はバブルの崩壊とともに衰退し、リストラによって技術者や後継者が不足しており、大きな打撃になっているそうです。
場所を小田原に移し「木工品フェア」と「木のクラフトコンペ」を見学しました。
木工品は土地柄もあり寄木細工や挽き物が多くありました。木のクラフトコンペは木でできた小さなオブジェや銘々皿から引き出しや椅子までありましたが、デザイン本位のコンペとは違った工芸の色や面白みのあるものを選ぶと言った傾向のあるコンペでした。
小田原ですでに夕刻となりましたので、そこで解散し帰路に着きました。
私は日頃から自分で工夫を凝らし仕事をしているつもりですが、日常の外にまた新たなヒントがあり、仕事の範囲を広げられるのだと実感した研修旅行でした。

静岡海野工房にて